2013年12月23日

EVER ONWARDの集いご案内

 次回EO会開催のご案内です。なお、今回は会場がせまく、すでに参加のお申し込みは締め切らせて頂いたとの事です。

【ご案内の内容】
                  2013年12月吉日
EO会会員各位
                  FSCJ世話人

 [EVER ONWARD]の集い ご案内

三指 会員の皆様にはますますご清栄にてお過ごしのこととお喜び申し上げます。
例年2月末の土曜日に開催していました「EO会」ですが次回は2014年3月8日(土曜日)になりましたのでよろし
くお願い致します。

第一部のゲストには大石和夫会長のご配慮でBS日本連盟理事長の奥島孝康先生を予定しています。奥島先生にはご多忙の中ご都合をつけてご出席戴きます事を感謝しております。なお、ご講演の後にはいつものように懇談会がありますのでよろしくお願い致します。今回の会場は日本記者クラブの小会議室で参加者は17名を予定しています。日付のご注意をして出欠返事を今回連絡担当世話人までお願い致します。 
                               弥栄
               記
  
日時 2014年3月8日(土曜日)
  14:00 開会
  14:00〜14:10 挨拶 大石和夫EO会会長
  14:10〜15:00 第一部講演
「私のスカウティング」(仮題)
 BS日本連盟理事長 奥島孝康先生
 15:00〜15:10 休憩
 15:10〜16:00 第二部  懇談
  16:00      閉会

場所 日本記者クラブ 小会議室
    東京都千代田区内幸町2-2-1
 日本プレスセンタービル

会費 1000円

今回連絡担当 (省略)
          

[EVER ONWARD]
 = 「最善を尽くせ!」「限りなき前進!」で目標,理想の峰を目指し自己研鑽(Self-Scouting)する。

PS: 参加の皆様には、この会ならではと思われる珍しい宝物(品物や珍しいお話)がありましたら是非お披露目お願い致します。
                               
posted by 日本富士スカウトクラブ広報 at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | EverONwardの会

2013年09月12日

8月EO会「戦後日本ボーイスカウト最初の海外派遣60周年を記念して」 」

 8月31日(土)12時から、日本記者クラブ会議室で「戦後日本ボーイスカウト最初の海外派遣隊長大石和夫さんを囲む懇談会」が開催されました。

 昭和28年(1953年)6月26日から9月8日の75日間、第二期名誉スカウト訓練参加者から選抜された11名が、松平頼明派遣団長、大石和夫隊長引率のもと渡米し、第三回全米ジャンボリーに参加しています。閉会後は全米をまわり、各地で大歓迎をうけました。今回はその60周年を記念して、大石隊長の思い出などをお聞きしました。
画像

        【左から二人目が大石さん】
 会は、当時の派遣団スカウトであった藤田忠昭さん(横浜)も出席して、阪下朝一さん(足立第1団)の音頭で乾杯から。いよいよ大石さんのお話が始まります。10日間をかけて日光丸で渡米(帰国は氷川丸)、サイトではバークレイの隊と一緒でした。日本からの派遣団ということで来客や見物人が殺到し、ご迷惑をかけてしまい申し訳がなかったとのこと。「日米親善櫻樹贈呈」プロジェクトの説明のためにソルトレイク地区理事がサイトに陣取り、それもにぎやかになった原因のひとつ。戦時中、日本からの移民が収容所へと追われた歴史がありますが、他地域と異なり、ソルトレイク市民はとてもよくお世話をして下さいました。そのお礼としてソルトレイク市の公園に桜の木を贈呈しようと、東京のスカウト達が募金活動で桜の苗木を購入し現地へ送ったのですが、その到着直前に検疫法が改正されて焼却処分となりました。その輸送費を村山有東京連盟理事長が支払わざるを得なくなり、家を処分する事を聞いて全米で募金活動が始まるという事がありました。結局、事情を知ったパンナム(当時)が請求を取り下げて落着したのですが、募金はテントなどにかわって日本へ贈られました。その経緯を説明するために、ソルトレイク地区から見えたようです。なお、現在ソルトレイク市にある桜は、ワシントンから贈られたものです。

 さて、ジャンボリーでの派遣団の出し物は、盆踊りと獅子舞。特に獅子舞は、本職の方に一週間の特訓を受けたとか(ジャンボリー終了後に西海岸の各都市をまわりましたが、どこでも「勝手に」獅子舞のプログラムを作り、しかし、とても好評を博したようです)。他におおウケしたのが七輪。カマドが持ち歩けて危険は少ないために、安全性が高いと評価されたのでしょうか。

 他に特筆すべきは「ファーストキスはドリス・ディ」。彼女は米国の歌手・俳優で、センチメンタル・ジャーニーやケ・セラ・セラの曲でもその名を知られていますが、日本派遣団へ全米の映画スター100数十名のサインがあるボードをプレゼントするために、彼女が直接来訪しました。通常はスカウト代表が受け取るべきところ、大石隊長がスカウトを押しのけて頂戴したのではと邪推していますが、大石隊長、当時まさに22歳。我が国のライオンズクラブ重鎮として23WSJ支援募金でお世話になっていますので、皆さんはため息まじりで取りあえずは許す事に。ただそのボードは、各地訪問の際、どこかで盗難にあったとお聞きしました。「なんでも鑑定団」を思い出しながら、残念な思いを。

 そのようなお話が続き、2時間はあっという間に過ぎ去りました。いつもながらEO会は、興味深く楽しいお話が飛び出します。ありがとうございました。

【追記】
・この日ご出席のほかの皆さんも、世界ジャンボリーへ派遣されています。全米大会の二年後に開催された、カナダでの1955年第8回世界ジャンボリーには鈴木高さん(大田第13団)・石田文夫さん(元日連常務理事)が参加しました。




     
画像

       【記念品贈呈】
画像
posted by 日本富士スカウトクラブ広報 at 10:11| Comment(0) | TrackBack(0) | EverONwardの会

2013年07月14日

平成25年8月EO会

8月EverOnward会は、大石和夫会長を囲む懇談会です。今回ご案内は、以下の通りです。


画像


                                平成25年7月4日
 EO会々員各位 
                                 EO会世話人
             8月「EO会」のお知らせ

拝啓 皆様ご健勝にてお過ごしのこととお慶び申し上げます

 さて、今年はEO会々長の大石和夫様が1953年に全米ジャンボリーに派遣されてから、60年を迎えました。戦後、混乱期の日本からボーイスカウトとして最初の派遣団で、大石様は隊長として派遣されました。派遣団の団長は松平頼明様で総員13名の派遣団でした。
今回の「EO会」は定例の講座形式を変え、EO会々長の大石様からこの60年目の節目に当たり当時のお話などをゆっくりと聞かせて頂くために懇談会としました。

 いつもの開催時間を少し早め、昼食をかねながらゆっくりと皆様で懇談できるよう自由に動ける立食ビュッフェ方式にしました。勿論椅子も用意してあります。また、恒例の会員皆様の自慢の品等をご持参頂き、ご披露頂ければ幸いです。なお、毎回EO会に参加されている藤田忠昭様は、この派遣団参加スカウトです。

 今年の夏は世界ジャンボリーのプレ大会等もあり皆様ご予定の多い時期ですが、他では聞けない貴重なお話なども沢山あると思いますので、ぜひご参加下さい。

                                      敬具
                 記

 「戦後最初の
   ボーイスカウト日本連盟派遣団隊長 大石和夫様を囲む懇談会」

    日  時  平成25年8月31日(土曜日)
           12:00〜12:20 派遣団60周年を迎えて
           12:30〜14:30 懇談会
    場  所  日本記者クラブ 会議室
           東京都千代田区内幸町2−2−1
           日本プレスセンタービル9階
    会  費  5,000円
    お申込み 7月25日までに、下記連絡担当者まで
           今回担当 坂本 正志

                         以上

 [EVER ONWARD]=
「最善を尽くせ!」「限りなき前進!」を目標として、
理想の峰を目指し自己研鑽(Self-Scouting)する。 

posted by 日本富士スカウトクラブ広報 at 16:43| Comment(1) | TrackBack(0) | EverONwardの会

2013年03月05日

「EverOnwardの集い」平成25年2月例会

 平成25年2月16日(土曜日)午後、東京・内幸町の日本記者クラブ大会議室で、EverOnwardの会8月例会が開催されました。今回のお話は、日本連盟副理事長・国際コミッショナーの久米邦貞さん。昭和24年に東京21隊(現豊島第1団)少年隊へ入隊、大学卒業の昭和昭和32年まで同隊へ在籍しました。同年に外務省入省、ベルリン日本国総領事、ウイーン国際機関日本代表部大使、外務省儀典長、ハンガリー大使、ドイツ大使を歴任、平成13年に退官しました。

 会は、日本富士スカウトクラブ大石和夫会長のご挨拶に始まりました。
IMG_5095.JPG

 今回のEO会出席者は、いつもより多めの28名の皆さん。かつてご活躍の方々と現役が、半々といったところです。久米さんのお話は、自己紹介より始まりました。

IMG_5100.JPG

 昭和24年に学習院にボーイスカウトが結団されると同時に、中学生であった久米さんは少年隊スカウトとなりました。以来、昭和36年の東京大学卒業・外務省入賞までの間、スカウト・リーダ(少年隊副長、隊長)としてご活躍です。また、蔵王・軽井沢・饗庭野でのジャンボリーにも参加、海外では英国で開催されたジュピリージャンボリーにも派遣されています。

 お話は、少年時代の思い出から始まりました。「とにかく冒険と自然が大好きな子であった」とおっしゃいます。読図はスカウトになる前から我流で行っていて、スカウトになってそれをより正しく行う事ができたとか。終戦直後、焼け野原であった目黒駅前のご自宅は恰好の班集会場で、追跡ハイク、地下室探検などを楽しんだそうです。一人こっそりでしょうが、焼夷弾で遊んだ記憶までご披露なさいました。特にスキーがお好きで、初体験は、長岡に雪がなくて戻る汽車の中、車窓から見えた越後湯沢の旅館街裏手の雪が積もるスキー場。午前4時過ぎのことであったそうです。入団以来、雪中キャンプは皆勤というお話には、すなおに頷けます。

 「技能章は、とったかな?」とおっしゃいます。1級スカウトまではご記憶があるようですが、実際には選ばれて「名誉スカウト」の訓練会にも参加していらっしゃいますので、優秀なスカウトであった事は間違いありません。スカウトになってからの、地図を片手の山岳スキーや、小学生時代の自転車での熱海や伊豆キャンプなどのお話をうかがっていますと、相当の「実力」はお持ちかと感じました。

 外務省入省で海外勤務とあれば、スカウト活動の中断も止むを得ません。「スカウトスピリッツは常に持っていた」とおっしゃいます。海外勤務の休日には、4人のお子さんを誘ってキャンプやスキー、ヨットに明け暮れる日々が多かったとの事でした。分担して準備、日本と異なり、肉はそのまま(例えば足一本)販売されます。どうもウサギやニワトリをそのまま受け取る事が多かったようで、それを食べる事が出来るよう、切り分ける事もあったとか。ご一家6名の班ですが、「常にボーイスカウト活動を意識した」とお話になりました。

 「どうも私は、模範的なスカウトではなかったと思う」とおっしゃいましたが、しかし、お子さんの件をお聞きしても、模範的な指導者であると言えるような気がします。かつての日々のお仕事でも、例えば「それは私の仕事ではありません」という周囲の若い人を見て、ボーイスカウトではそうは言わないと、度々感じる事もおありだったとか。さらに、「今後はボーイスカウト運動の為に尽くしたい」とお話になりました。古くて新しい風が、私たちの運動に吹き込む事を期待したいと感じたひと時でした。



IMG_5113.JPG

IMG_5132.JPG


久米美術館
 久米さんが館長である久米美術館は、JR山手線目黒駅前です。同美術館案内には、「久米美術館は、歴史家久米邦武とその長男で洋画家の久米桂一郎を記念して、二人のゆかりの地、目黒駅前に昭和57年10月に開館しました。」と書かれています。



kume.jpg
posted by 日本富士スカウトクラブ広報 at 19:45| Comment(0) | TrackBack(0) | EverONwardの会

2012年12月31日

EOの会平成25年2月例会

           [EVER ONWARD]の集い




 今年2月のEO会は、日本連盟副理事長久米邦貞様をお迎えいたします。

 久米様は前回のEO会でお話をお聞かせ頂いた平井忠正様の学習院ボーイスカウト設立時にスカウトとして参加され、1957年には英国のジュビリージャンボリー(世界ジャンボリー)に、EO会々員の高畠 潔様などの皆さんと共に参加していらっしゃいます。

                  記

日 時 2013年2月16日(土曜日)

     第一部 午後2時〜2時40分

      講演/「私のボーイスカウト活動」日本連盟副理事長 久米 邦貞様

     第二部 午後2時45分〜4時 懇親会

場 所 日本記者クラブ大会議室

     東京都千代田区内幸町2-2-1 日本プレスセンタービル9階

会 費 1,000円(会場費,資料・飲み物等)

 

 EVER ONWARD=「最善を尽くせ!」「限りなき前進!」で目標,理想の峰を目指し自己研鑽(Self-Scouting)する

posted by 日本富士スカウトクラブ広報 at 01:36| Comment(0) | TrackBack(0) | EverONwardの会

2012年10月08日

EOの会平成24年8月例会

 8月25日、東京・内幸町の日本記者クラブ会議室で、「Ever Onwardの集い」が開催されました。今回は「学習院ボーイスカウト運動の歴史」と題して、第二代隊長を務められた平井忠正さんをお招きして、昭和25年1月に発隊した当時のさまざまを講演して頂きました。

 ボーイスカウトのシンボルであるネッカチーフ、それが今とは異なり、四角形であった事をご存じの方も少なくなりました。学習院の隊(当時。その後、隊は団と名称が変わりました)では、「日本再建の道案内」となるべく、羅針盤をデザインしたものでした。発隊に際しての、こころざしの高さがうかがえます。
DSCN4401.JPG

DSCN4407.JPG
 学習院のボーイスカウト団は、昭和25年1月23日に東京の21番目の隊として登録されました。学習院とボーイスカウトとの関係は明治時代に始まっており、このためか多くの学習院出身者が戦前から日本のボーイスカウト活動に貢献しています。ちなみに、戦後の初代総長の三島通陽総長も卒業生です。
 そのような背景もあり、待ち望んでいたものとして隊設立の運びとなりました。最初の隊設立の打ぢ合わせは昭和24年夏、後に赤坂プリンスホテルとなった李邸にて開催されました。ご出席の方々は李ご夫妻、古屋徳兵衛ご夫妻、山本満喜子さん、村山有さん、リーダー候補の鳴海重和さんと平井さんでした。
 集会は高輪台町の山本さんのお宅で、7名程で活動が開始されましたが、ボーイスカウト発隊を聞いて入隊を望む方が多く、すぐ一個隊が出来上がり、翌年正月、初代隊委員長(現在の団委員長)に有島行朗氏をお願いして登録されました。しかし、活動は正式登録される前から活発で、昭和24年9月に皇居前広場にて開催されたボーイスカウト日本連盟第1回全国大会(日本ジャンボリーの前身)や、25年1月3日の東京連盟新年国旗行進等に参加しています。

 興味深いお話をお拝聴し、会を終えました。次回のEOの会は、スカウティング誌にもご紹介された久米邦貞さん(日本連盟副理事長・元駐独大使)をお招きしてお話をお願いする予定です。久米さんは、この発隊時のスカウトです。
DSCN4414.JPG

posted by 日本富士スカウトクラブ広報 at 19:58| Comment(1) | TrackBack(0) | EverONwardの会

2012年07月13日

EverOnwardの会平成24年2月例会

 平成24年2月25日、内幸町プレスセンタにおいて、日本富士スカウトクラブ「EverOnwardの会」が主催する集まりが開催されました。

 今回のテーマは、粕谷信夫さんによる「ちーやん」(中村知さん)を語るの第二回目。中村知さんは粕谷さんの岳父であり、生前のさまざまなエピソードを交えながら充実したひと時を過ごす事ができました。

EO_1.jpg

EO_2.jpg

EO_3.jpg

EO_4.jpg

EO_4.jpg

EO_5.jpg

EO_6.jpg
posted by 日本富士スカウトクラブ広報 at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | EverONwardの会

2012年07月01日

8月例会のご案内

            EVER ONWARD]の集い


三指 紫陽花が美しい時期になりました。会員の皆様にはますますご健勝にてご活躍のこととお喜び申し上げます。いよいよ、来年には16NJが山口県の「きらら浜」で2015年の23NSJのプレ大会として開催されます。

8月の[EO会]のご案内をさせていただきます。今回は学習院にボーイスカウトが設立された時の第2代隊長/平井忠正様に設立当時のお話を聞かせていただきます。平井様は学習院では初代隊長/鳴海重和様と一緒にスカウト運動をされ、その後の学習院ローバースの基礎を作られました。

ご講演の後にはいつものように懇親会があります。なお、会場準備の都合上、出欠のメールを7月25日までに世話人までお願い致します。

残暑厳しい時期ではありますが何卒ご参加の程よろしくお願い申し上げます。


                  記

・日時 2012年8月25日(土)

 第一部 午後2時〜2時30分

     講演 「学習院ボーイスカウト運動の歴史」

         第2代隊長 平井忠正様

     休 憩  (写真撮影)

第二部    午後2時40分〜4時

   懇親会

・会場  日本記者クラブ 小会議室

     東京都千代田区内幸町2−2−1 日本プレスセンタービル9階

・会費  1,000円(会場費、資料・飲み物等)


 EVER ONWARD

「最善を尽くせ!」「限りなき前進!」で目標、理想の峰を目指し自己研鑽(Self-Scouting)する。


 PS :スカウト関係で参加の皆様に、この会ならではの珍しい宝物(品物や珍しいお話)がありましたら懇親会で是非お披露目をお願い致します。

posted by 日本富士スカウトクラブ広報 at 02:24| Comment(0) | TrackBack(0) | EverONwardの会

2012年01月02日

日本のスカウト遺産百選出版一周年を祝う会

 平成23年12月20日、日本記者クラブにおいて「日本のスカウト遺産百選」出版一周年を祝う会が開催されました。

 この「日本のスカウト遺産百選」著者は神奈川連盟参与 矢島巖さん(環境共育グループ ビスタワールド主宰)で、平成22年12月25日に糺書房から発行されました。その内容は「ボーイスカウト運動の伝来」に始まり、続いて「写真に見るベーデンポゥエルの来日」、「最初の日本少年スカウト」、「グリフィンのオベリスク」へと続きます。それぞれ写真や図表、資料、新聞記事の写しなども掲載された、我が国ボーイスカウト運動史。「スカウト遺産」の最後は、鹿野 重さんの『スカウト運動と「法人」』。これもまた矢島巖さんの「十話シリーズ」にある「鹿野さん十話」を引用しながら、日本連盟が経営(理事会)と教育を分離する事の必要性を訴えます。全222ページのご本ですが、百選掲載へ向けてのテーマ選択や記述のそれぞれに、矢島さんが愛してやまぬボーイスカウト運動への「思い入れ」や「解釈」を感じ取る事ができ、それが決して「回顧録」ではないことにも意義を感じています。辛口の評論家に終わることなく、その中に明確な指針とでもいうようなものがあります。そういうご本です。なお、矢島巖さんの著作などに付いては、VISTA WORLD21のウェブサイトをご覧ください。

 
 この出版一周年を祝う会は、日本富士スカウトクラブのEverOnwardの会有志のご支援を得て開催されました。師走も下旬となり、皆さんとてもご多忙な時期でしたが、滋賀県や石川県から駆けつけて下さった方も交えて矢島巖さんを囲み、暖かい、そして有意義なひと時を過ごす事ができたのは何よりでした。

 会は阪下朝一さん(日本オールドスカウトクラブ、日本大学ローバーOB会桜門会長)の音頭による乾杯により始まりました。阪下さんはコレクタとしても著名であり、「ボーイスカウト」の単語のある出版物の一切をお持ちと断じても、過言ではありません
 乾杯を終え、さっそく皆さんの自己紹介が始まりました。異色の参加者はは、International Boy Scouts,Troop1(以下IBS)のチーフスカウト総長のエドワード・ブラッカさん。日本にあるWOSMへ登録された、もう一つの連盟です。神奈川連盟湘南地区の団が開催するお餅つきへスカウトの皆さんと共に参加したり、鎌倉地区のボーイスカウトやガールスカウトが地域への奉仕の一環として地元小学生を対象として開催する江ノ電ラリーへスタッフとしてお手伝して下さったり、毎年4月に鎌倉観光協会が開催する鎌倉まつりパレードには、ボーイスカウト運動の国際性とでも言うようなものを市民の皆さんへご紹介するために連盟旗と共に参加して下さっています。また、IBSに在籍していらっしゃったジョン・ミトワさんは、神奈川連盟役員としてもお世話になりました(ミトワさんに付いては、十話シリーズ先行版でご紹介があります)。

 矢島さん旧知のお仲間である皆さんが多かったのですが、初対面の方々も少なくはありません。自己紹介が、さまざまな楽しいエピソードを交えて続きました。それが発端になり、お話は拡がります。それが初対面であっても、スカウト仲間はすぐ十年来の友人となるのはご承知の通りで、随所に歓談の輪ができました。話題には度々「"続"日本のスカウト遺産百選は出版されるのだろうか」との質問がありましたが、矢島さんはニコニコとするだけで、特にお答にはなりませんでした。ライフワークとでも言えるこの百選発刊に全精力を注ぎ込んでいらっしゃいましたが、「少しお休みね」などとお考えになるタイプの方ではありません。いつも手を抜かぬ全力疾走。yesともnoともお答にならぬ様子を拝見して、あるいはと期待しています。

 矢島さんは、お留守の事が少なくありません。お聞きすればその守備範囲とでも言うようなものを拡大し、ボーイスカウト以外の子どもたちをお相手にキャンプやイベント開催、町内会、講演会、そして「習い事」。矢島さんのお部屋には腹話術のお人形や手打ちそばのセット、楽器なども所狭しと置かれています。例えば手打ちそばは、ご高齢の皆さんへ美味しいお蕎麦をご馳走したいと講習会へ参加なさったようです。神奈川県の研究所で、環境を研究していらっしゃったのはご存知の通りですが、退職後、環境庁(当時)のお誘いでJACAの技術専門家として長期にわたって中東などで技術指導もなさるなど、活躍の場はさらに拡大し続けています。今回もカンボジア行きの合間を縫っての事で、会終了の数日後、またカンボジアへ。大晦日前にはお戻りになるそうですが。

 とても楽しい有意義な会でした。会を終えてお帰りになるほとんどの皆さんからは、「楽しい会だったよ。ありがとう」とお言葉を頂きました。望外の喜びです。fscj01 (0).jpgfscj01 (1).jpgfscj01 (2).jpgfscj01 (3).jpgfscj01 (4).jpgfscj01 (5).jpgfscj01 (6).jpgfscj01 (7).jpgfscj01 (9).jpgfscj01 (8).jpg
posted by 日本富士スカウトクラブ広報 at 16:48| Comment(4) | TrackBack(0) | EverONwardの会

2011年12月06日

三島昌子さん、ご尊父三島通陽総長の思い出を語る

 平成23年2月26日午後、内幸町の日本記者クラブ会議室で、日本富士スカウトクラブ主催「EVER ONWARDの会」が開催されました。



 定期的に記者クラブで開催されるこの会は、「EVER ONWARD:「最善を尽くせ!」、「限りなき前進!」で目標,理想の峰を目指し自己研鑽(Self Scouting)する」を主旨とするもので、現在は幸田東京連盟大都心地区協議会長を代表世話人としてボーイスカウト運動に付いてのさまざまな話題を取り上げて、かかわった皆さんのお話を拝聴しています。



 今回はガールスカウト日本連盟元会長でもあった三島昌子(あきこ)さんをお招きして、戦後のボーイスカウト再建に始まり、長年にわたってその発展に寄与されご尊父三島通陽総長の思い出をお話して頂きました。ご高齢にもかかわらずとてもお元気。参加者の中には三島総長ご夫妻に媒酌の労をおとりいただいた方も。新郎もご媒酌人も制服姿です。結婚式の披露宴に制服がいてもさほどの不思議は感じませんが、お二人が制服姿というのは初めて拝見しました。


 随所に笑い声が沸き起こるなど、とても和やかなひと時を過ごす事ができました。本当にありがとうございました。



 私たちの活動は、数多くの方々が支えて下さって今日に至ります。時々はちょっと足を止めて振り返り、今のスカウティングがどのようにして今日に至ったのかをお考えになってはいかがでしょうか。


misima1.jpg
【中央が三島昌子さん、左は大石和夫日本オールドスカウト世話人、右は阪下朝一日大ローバース桜門会長】

misima2.jpg
【会でご披露された、新郎新婦とご媒酌の三島総長ご夫妻】

misima3.jpg
【ご参加の皆さん】

posted by 日本富士スカウトクラブ広報 at 10:07| Comment(0) | TrackBack(0) | EverONwardの会