2012年07月01日

8月例会のご案内

            EVER ONWARD]の集い


三指 紫陽花が美しい時期になりました。会員の皆様にはますますご健勝にてご活躍のこととお喜び申し上げます。いよいよ、来年には16NJが山口県の「きらら浜」で2015年の23NSJのプレ大会として開催されます。

8月の[EO会]のご案内をさせていただきます。今回は学習院にボーイスカウトが設立された時の第2代隊長/平井忠正様に設立当時のお話を聞かせていただきます。平井様は学習院では初代隊長/鳴海重和様と一緒にスカウト運動をされ、その後の学習院ローバースの基礎を作られました。

ご講演の後にはいつものように懇親会があります。なお、会場準備の都合上、出欠のメールを7月25日までに世話人までお願い致します。

残暑厳しい時期ではありますが何卒ご参加の程よろしくお願い申し上げます。


                  記

・日時 2012年8月25日(土)

 第一部 午後2時〜2時30分

     講演 「学習院ボーイスカウト運動の歴史」

         第2代隊長 平井忠正様

     休 憩  (写真撮影)

第二部    午後2時40分〜4時

   懇親会

・会場  日本記者クラブ 小会議室

     東京都千代田区内幸町2−2−1 日本プレスセンタービル9階

・会費  1,000円(会場費、資料・飲み物等)


 EVER ONWARD

「最善を尽くせ!」「限りなき前進!」で目標、理想の峰を目指し自己研鑽(Self-Scouting)する。


 PS :スカウト関係で参加の皆様に、この会ならではの珍しい宝物(品物や珍しいお話)がありましたら懇親会で是非お披露目をお願い致します。

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2012年01月02日

日本のスカウト遺産百選出版一周年を祝う会

 平成23年12月20日、日本記者クラブにおいて「日本のスカウト遺産百選」出版一周年を祝う会が開催されました。

 この「日本のスカウト遺産百選」著者は神奈川連盟参与 矢島巖さん(環境共育グループ ビスタワールド主宰)で、平成22年12月25日に糺書房から発行されました。その内容は「ボーイスカウト運動の伝来」に始まり、続いて「写真に見るベーデンポゥエルの来日」、「最初の日本少年スカウト」、「グリフィンのオベリスク」へと続きます。それぞれ写真や図表、資料、新聞記事の写しなども掲載された、我が国ボーイスカウト運動史。「スカウト遺産」の最後は、鹿野 重さんの『スカウト運動と「法人」』。これもまた矢島巖さんの「十話シリーズ」にある「鹿野さん十話」を引用しながら、日本連盟が経営(理事会)と教育を分離する事の必要性を訴えます。全222ページのご本ですが、百選掲載へ向けてのテーマ選択や記述のそれぞれに、矢島さんが愛してやまぬボーイスカウト運動への「思い入れ」や「解釈」を感じ取る事ができ、それが決して「回顧録」ではないことにも意義を感じています。辛口の評論家に終わることなく、その中に明確な指針とでもいうようなものがあります。そういうご本です。なお、矢島巖さんの著作などに付いては、VISTA WORLD21のウェブサイトをご覧ください。

 
 この出版一周年を祝う会は、日本富士スカウトクラブのEverOnwardの会有志のご支援を得て開催されました。師走も下旬となり、皆さんとてもご多忙な時期でしたが、滋賀県や石川県から駆けつけて下さった方も交えて矢島巖さんを囲み、暖かい、そして有意義なひと時を過ごす事ができたのは何よりでした。

 会は阪下朝一さん(日本オールドスカウトクラブ、日本大学ローバーOB会桜門会長)の音頭による乾杯により始まりました。阪下さんはコレクタとしても著名であり、「ボーイスカウト」の単語のある出版物の一切をお持ちと断じても、過言ではありません
 乾杯を終え、さっそく皆さんの自己紹介が始まりました。異色の参加者はは、International Boy Scouts,Troop1(以下IBS)のチーフスカウト総長のエドワード・ブラッカさん。日本にあるWOSMへ登録された、もう一つの連盟です。神奈川連盟湘南地区の団が開催するお餅つきへスカウトの皆さんと共に参加したり、鎌倉地区のボーイスカウトやガールスカウトが地域への奉仕の一環として地元小学生を対象として開催する江ノ電ラリーへスタッフとしてお手伝して下さったり、毎年4月に鎌倉観光協会が開催する鎌倉まつりパレードには、ボーイスカウト運動の国際性とでも言うようなものを市民の皆さんへご紹介するために連盟旗と共に参加して下さっています。また、IBSに在籍していらっしゃったジョン・ミトワさんは、神奈川連盟役員としてもお世話になりました(ミトワさんに付いては、十話シリーズ先行版でご紹介があります)。

 矢島さん旧知のお仲間である皆さんが多かったのですが、初対面の方々も少なくはありません。自己紹介が、さまざまな楽しいエピソードを交えて続きました。それが発端になり、お話は拡がります。それが初対面であっても、スカウト仲間はすぐ十年来の友人となるのはご承知の通りで、随所に歓談の輪ができました。話題には度々「"続"日本のスカウト遺産百選は出版されるのだろうか」との質問がありましたが、矢島さんはニコニコとするだけで、特にお答にはなりませんでした。ライフワークとでも言えるこの百選発刊に全精力を注ぎ込んでいらっしゃいましたが、「少しお休みね」などとお考えになるタイプの方ではありません。いつも手を抜かぬ全力疾走。yesともnoともお答にならぬ様子を拝見して、あるいはと期待しています。

 矢島さんは、お留守の事が少なくありません。お聞きすればその守備範囲とでも言うようなものを拡大し、ボーイスカウト以外の子どもたちをお相手にキャンプやイベント開催、町内会、講演会、そして「習い事」。矢島さんのお部屋には腹話術のお人形や手打ちそばのセット、楽器なども所狭しと置かれています。例えば手打ちそばは、ご高齢の皆さんへ美味しいお蕎麦をご馳走したいと講習会へ参加なさったようです。神奈川県の研究所で、環境を研究していらっしゃったのはご存知の通りですが、退職後、環境庁(当時)のお誘いでJACAの技術専門家として長期にわたって中東などで技術指導もなさるなど、活躍の場はさらに拡大し続けています。今回もカンボジア行きの合間を縫っての事で、会終了の数日後、またカンボジアへ。大晦日前にはお戻りになるそうですが。

 とても楽しい有意義な会でした。会を終えてお帰りになるほとんどの皆さんからは、「楽しい会だったよ。ありがとう」とお言葉を頂きました。望外の喜びです。fscj01 (0).jpgfscj01 (1).jpgfscj01 (2).jpgfscj01 (3).jpgfscj01 (4).jpgfscj01 (5).jpgfscj01 (6).jpgfscj01 (7).jpgfscj01 (9).jpgfscj01 (8).jpg
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2011年12月06日

三島昌子さん、ご尊父三島通陽総長の思い出を語る

 平成23年2月26日午後、内幸町の日本記者クラブ会議室で、日本富士スカウトクラブ主催「EVER ONWARDの会」が開催されました。



 定期的に記者クラブで開催されるこの会は、「EVER ONWARD:「最善を尽くせ!」、「限りなき前進!」で目標,理想の峰を目指し自己研鑽(Self Scouting)する」を主旨とするもので、現在は幸田東京連盟大都心地区協議会長を代表世話人としてボーイスカウト運動に付いてのさまざまな話題を取り上げて、かかわった皆さんのお話を拝聴しています。



 今回はガールスカウト日本連盟元会長でもあった三島昌子(あきこ)さんをお招きして、戦後のボーイスカウト再建に始まり、長年にわたってその発展に寄与されご尊父三島通陽総長の思い出をお話して頂きました。ご高齢にもかかわらずとてもお元気。参加者の中には三島総長ご夫妻に媒酌の労をおとりいただいた方も。新郎もご媒酌人も制服姿です。結婚式の披露宴に制服がいてもさほどの不思議は感じませんが、お二人が制服姿というのは初めて拝見しました。


 随所に笑い声が沸き起こるなど、とても和やかなひと時を過ごす事ができました。本当にありがとうございました。



 私たちの活動は、数多くの方々が支えて下さって今日に至ります。時々はちょっと足を止めて振り返り、今のスカウティングがどのようにして今日に至ったのかをお考えになってはいかがでしょうか。


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【中央が三島昌子さん、左は大石和夫日本オールドスカウト世話人、右は阪下朝一日大ローバース桜門会長】

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【会でご披露された、新郎新婦とご媒酌の三島総長ご夫妻】

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【ご参加の皆さん】

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ボーイスカウト日本連盟、その"移転"の歴史

今年10月、長きにわたって三鷹の地にあった日本連盟が都心へ移転した。またしても……



 8月20日、日本富士スカウトクラブが主催するever onwardの会が日本記者クラブ会議室で開催されたが、そこで村山前世話人代表から、「今回の移転を機に、転々とかわった(または変わらざるを得なかった)日本連盟の移転が、記憶違い、またはその他の事情で正確に記録されていないため、精査したものを残しておきたい」と発言があった。



【戦後のボーイスカウト日本連盟事務所移転の推移】



 先日、ある所で根岸真太郎元事務局長が「事務局流転ぱなし」という文章を書かれているのを拝見ました。その文章の中に「東海汽船の月島倉庫をかりていた後の事務所は古田誠一郎氏が虎ノ門巴町の建物を借りてボーイスカウト会舘を作る構想を練ったが、その後浅草本願寺の部屋をかりた」とありました。相当昔の事なので多少記憶も前後したりする事でしょう。今年は三鷹の日連本部が移転しますのでこの機会に戦後の事務所の推移を見てみたいと思います。



 戦後、日本連盟の再建を第3代少年団連盟総長竹下勇海軍大将より頼まれた村山有氏は、集まる事を禁じられていた少年団の出身者を三島通陽氏らと集め、品川の森村学園で「ボーイスカウトクラブの集い」を開いて基礎を作りました。再建準備事務所は山本有三氏所有の中央区銀座の「交詢社ビル」の1室に置きました。また、GHQ関係者の許可を取る為、中央区明石町の「白橋龍夫氏の私邸」を日連会議室にしてGHQ関係者の接待をしました。昭和22年5月1日再発足の為に三島氏を理事長として、村山理事のほか5名の理事、総主事1名、合計8名で構成された臨時中央理事会が作られました。日本連盟本部をGHQの許可を取り中央区京橋の「千代田生命舘ビル」内に置きました。昭和23年米軍スカウトの出入りの多い港区芝の「マソニックビル
(旧水交社ビル)にも分室を置き米国BS関係者との会議等はマソニックビルを使用しました。昭和24年2月12日、ダグラス・マッカーサーを名誉総長、三島通陽氏を理事長としたボーイスカウト日本連盟結成、名誉総長室をマソニックビルに設置しました。現在名誉総長の使用していた部屋は当時のままの形で現在の芝新マソニックビルに保存されています。GHQ関係者や米国スカウト達は千代田区の帝国ホテルに宿泊している者が多かったので毎日、日本の情報やBS再建の打合せをする為にすぐ側の内幸町のニッポンタイムズ社(現在のジャパンタイムス社)の村山有氏を訪ねてきました。それらの打合せの中から、当時日本政
府が確保していた大量の放出物資等と共に米国軍当局関係者からの協力でバザーを開催しました。放出物資の毛布や古着等の物資を集め販売してスカウト運動の資金にする為にある程度の広さの場所が必要になりました。ニッポンタイムス社向かいの国鉄高架下には帝国ホテルに宿泊の外人の為に日本のお土産が揃うインターナショナルマーケットやニッポンタイムスの英字印刷工場などが入っいて外人の出入りの多い場所がありました。昭和24年3月に千代田区内幸町の「国鉄高架下」に日連需品部を設置しました。8月には岡本礼一氏の努力で朝日新聞社の村山社主などの協力を得て渋谷の東横デパートや大阪の大丸デパートなどでバザーを開催し販売しました。物資の少ない時代なので大変な人気で販売でき売上げ金はスカウト運動の基礎づくりに充てられました。また、昭和24年10月には米国の野球チーム、サンフランシスコシールズが来日しました。オド−ル監督と村山有氏は米国時代からの友人であったため親善野球の利益から当時の金額で約100万円と自分のユニホームを日連を通じて村山氏に寄付してくれました。日連はこの寄付金を指導者養成費として使用したそうです。昭和25年8月には需品部を内幸町の国鉄高架下から中央区八丁堀の「白橋印刷所」の印刷工場内に移転、白橋龍夫社長には戦前から少年団研究の第2号から印刷をお願いしたり戦後の日連再建時からも経費を立替えていただきその額は当時の金額で100万円以上にもなりました。しかしその立替え分は返却はされずに白橋印刷所の経営にも苦難がありました。その後、需品部は本部内に置かれましたが東京本願寺の本部の時に一時杉並区永福町に置かれました。村山氏はGHQや外国の友人等の協力を得て100万円の募金に成功し、昭和26年7月に港区西久保巴町にに日本連盟本部用に「西久保巴町洋館」を購入し、東京連盟の本部分室も置きました。西久保巴町の洋館を後にスカウトホールの予定をしていましたが、村山氏はスカウト運動再建も軌道にのったので昭和26年、佐野常羽氏が先達となった全国大会で相談役を委嘱され第一線から外れて東京連盟で活動して行きました。その後、苦労して入手した港区の本部は昭和32年3月売却されてしまい、米国関係者の協力でどれだけの苦労で手に入れた会舘をと村山氏は亡くなるまで悔やんでいました。昭和32年年3月日本連盟は西久保巴町から中央区月島の「東海汽船月島倉庫」に移転。この倉庫は2階建てのとても古い木造建築でした。その後、昭和43年7月から台東区西浅草の「東京本願寺別館」へ移転。昭和45年8月三鷹市大沢に「日本連盟本部」が完成し入居し現在に至っています。(平成23年10月に日連は文京区本郷に移転予定)



《日本連盟本部及び需品部》

21年〜22年5月

・再建準備事務所 中央区銀座 交詢社ビル

21年〜22年5月

・日本連盟会議室 中央区明石町 白橋龍夫氏私邸

22年5月〜26年7月

・日本連盟本部 中央区京橋 千代田生命舘ビル

23年〜26年7月

・日本連盟分室 港区芝 マソニックビル

24年2月〜

・日本連盟総長室 港区芝 マソニックビル

24年3月〜25年7月

・日連需品部 千代田区内幸町 国鉄高架下

25年8月〜26年6月

・日連需品部 中央区八丁堀 白橋印刷所

26年7月〜32年3月

・日本連盟本部 港区西久保巴町 西久保巴町洋館

32年3月〜43年7月

・日本連盟本部 中央区月島 東海汽船月島倉庫

43年7月〜45年8月

・日本連盟本部 台東区西浅草 東京本願寺別館

43年7月〜45年8月

・日連需品部 杉並区永福町

45年8月〜現在

・日本連盟本部 三鷹市大沢 日本連盟本部


<参考:東京連盟事務所の推移>



東京都連盟の事務局は昭和23年の1階に日本連盟分室と一緒に本部を設置。事務所は銀座の改造社に設置。マソニックビル改築時に一旦鳴海事務所に移転。その後、中央区八丁堀の白橋龍夫氏の白橋印刷所に移転しました。昭和24年10月港区赤坂一つ木町の円通寺内の日勝文庫(中里顕勝氏)、昭和25年5月台東区浅草石浜町の通入寺(伊東脩己氏)、昭和26年6月に事務局とは別に本部を港区芝南佐久間町にマソニックビルから移転。その後本部は昭和27年12月港区芝西久保巴町の日本連盟内、昭和32年3月中央区月島の東海汽船倉庫、昭和43年7月台東区東京本願寺、昭和45年9月戸山公園少年館、昭和48年6月
OMYCに移転現在に至る。

                                                                           

昭和23年〜

・東京都連盟本部  港区芝 マソニックビル

・東京都連盟事務所 中央区銀座 改造社

昭和23年〜

・東京都連盟事務所 中央区 鳴海事務所

昭和24年〜

・東京都連盟事務局 中央区八丁堀 白橋印刷所

昭和24年10月〜

・東京都連盟事務局 港区赤坂一つ木町 円通寺日勝文庫

昭和25年5月〜

・東京都連盟事務局 台東区浅草石浜町 通入寺

昭和26年6月

・東京都連盟本部   港区芝南佐久間町

昭和27年12月〜

・東京都連盟本部   港区芝西久保巴町 日連洋館

昭和32年3月〜

・東京連盟本部    中央区月島 東海汽船倉庫

昭和43年7月〜

・東京連盟本部    台東区浅草 東京本願寺

昭和45年9月〜

・東京連盟本部    新宿区戸山 戸山公園少年館

昭和48年6月〜

・東京連盟本部    渋谷区代々木 OMYC

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2011年12月05日

日本富士スカウトクラブ「Ever Onward(EO)の会」平成22年2月例会

 平成22年2月27日、内幸町の日本プレスセンタにおいて、標記の集まりが日本富士スカウトクラブの主催で開催されました。
 
 今回お話をして下さるのは鈴木高さん。慶応義塾大ローバースのご出身で現在は東京連盟大田第15団に所属、スカウトゲームでは著名であり、また、切手愛好家の皆さんの間では、文化財切手研究分野でその名を知られ、「郵趣」誌に「ボーイスカウトの活動と知恵」の記事を寄せ、スカウト運動の歴史と活動を多数の切手と共にご紹介なさるなど、多方面で活躍していらっしゃいます。



 お話は「世界のスカウト切手」。

 切手のコレクションは、ひと頃より多少はその勢いが減速したかの観があります。それでもB-P卿の「ボーア戦争において、1899年10月11日から1900年5月17日まで8000人以上の敵に包囲されたが、守備隊長であったロバート・ベーデン=パウエル卿は800名の手勢を率いて217日間の篭城戦を戦い抜いた末、町を解放。これにより「マフェキングの英雄」と称えられた。この戦いの最中に、町の少年達を斥候(スカウト)として徴用。その訓練法や教則本が後のボーイスカウト運動の始まりとなった(フリー百科事典ウィキペディアより)」という歴史を背景として、マフェキングの町に切手がなかったため、自転車で郵便配達をする少年とベーデン-パウエルの肖像を描いた3種類の切手が青写真で発行されたと言う事とともに、よく知られています。

 例えば下図の切手は、通常であれば必ず女王の肖像が印刷されている英国で、その肖像のない稀有な切手であるなどに始まり、世界のボーイスカウト切手の発行国やその発行の事情など、さまざまなエピソードをまじえてDeepで貴重なお話をうかがう事ができました。
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ご参考までに、(財)日本郵趣協会が発行した、2006年6月号の記事をご紹介致します。同協会のウェブサイトのurlは、以下の通りです



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2011年12月04日

アメリカ連盟を悩ました三つのG

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 2009年2月28日、EOの会が開催されました。今回はスカウティング研究センタ事務局長黒澤岳博氏(埼玉連盟三郷第1団VSL、埼玉県庁勤務)をお迎えして,「インターネットに見るスカウティング研究 −法学分野を中心に−(仮題)」の講演をしていただくきました。ボーイスカウト運動でどのようにネットワークが活用されているかのお話に続き、その中よりの話題として「3つのG」と題したGirl(女子加入) 、Gay(同性愛者の加入)、Godiess(無神論者加入) など、アメリカ連盟で訴訟となった事例の紹介などがありました。恐らくわが国ではあまり知られてはいません。連盟の勝訴の形で終えたとの事ですが、とても興味深いお話の数々を拝聴することができました。


【当日説明用に用意された資料から】
 ※説明時、パワーポイントで作成した資料に沿ってお話がありました。それをそのままテキストにして貼りつけています。念のため、その資料をpdfで見て頂く事ができるようにしました。格納先のurlは以下の通りです。


インターネットで見るスカウティング研究−法学分野を中心に−
ボーイスカウト三郷 1団 黒澤岳博 06/30

T.はじめに
Uアメリカのボーイスカウトに関連した判例
・「godless(無神論者)」に関するもの
・「girl(女性)」に関するもの
・「gay(同性愛者)」に関するもの
V.同性愛者は成人リーダーとして認められない
W.少年院等矯正施設におけるスカウティングに関する記述
X.まとめ

<はじめに>
・法学分野においてボーイスカウトに関する論文を雑誌記事検索データベース等を利用して検索
・ボーイスカウトアメリカ連盟とゲイ (同性愛者 )の裁判に関する人権問題
・少年院等矯正施設におけるスカウト活動に関する事例

T.はじめに
本報告
アメリカの論文
Goodman,Merissa L.,「 A Scout is morally straight,brave,clean,trustworthy...and heterosexual? Gays in the Boy Scouts ofAmerica.」( 1999)からアメリカ連盟が直面したいくつかの裁判について簡単に紹介
・Dale v. Boy Scouts of Am.について解説
・少年院等矯正施設におけるスカウト活動の例を紹介した記事について解説

U.アメリカ連盟に関連した判例
・ボーイスカウトアメリカ連盟は、「3つのG」に関してこれまでいくかの問題に対応
 「 godless(無神論者)」、「 girl(女性)」、「 gay(同性愛者)」

アメリカ連盟は、この3つのGに関連して、いくつかの裁判に巻き込まれている

1.「godless(無神論者)」に関するもの
Welsh v.Boy Scouts of Am. 993 F.2d 1267,1268(7th Cir.1993)
・神に「ちかい」をたてなかったことから、原告が加盟を認められなかった。
Randall v.Orange County Council,Boy Scouts of Am. 952 P.2d 261,262(Cal.1998)
・信仰関連のプログラムに参加しない原告をボーイスカウトとして認めない。 .いずれも「各自が明確な信仰心をもつ」というものに反しているというもの。無神論者を明確に否定しているアメリカ連盟の実例である。

2「girl(女性)」に関するもの
Yeaw v.Boy Scouts of Am.,64 Cal. Rptr. 2d85,85(Cal. Ct. App.1997)
・「女性であるためにリーダーになれないのは、カリフォルニア州権利章典に反する」との訴え。「ボーイスカウトはその結社の自由から女性を排斥してもよいとするものである。」との判決

3.「gay(同性愛者)」に関するもの
Dale v. Boy Scouts of Am. 706 A.2d270,276(N.J. Sup. Ct.App Div.1998)
・同性愛者は成人リーダーとして登録できないとした
.Richardson v. Chicago Area Council of the Boy Scouts of Am., No.92-E-80,1996 WL
734724(Chi.Comm'n Hum.Rel.Feb.21,1996)
・同性愛を公言している者の事務局雇用を禁止した、Dale vs BSAの詳細を次で見ていきます。
-訴訟にいたる経緯-
 アメリカ・マンモスカウンシルに所属する JamesDale( 1970年生まれ)1978年カブスカウト、81年にボーイスカウトに入隊。88年にイーグルスカウトとなる。ラトガーズ大学入学と同時期に BS隊副長就任、学内での活動において同性愛者であることを表明、彼に対するインタビューが写真入りで新聞に大きく取り上げられたことにより問題が発生
-訴訟に至る経緯 2-
 1990年7月下旬、 Daleはマンモスカウンシルの役員から彼の登録取り消しに関する通知・理由について確認したところ「ボーイスカウトは同性愛者に対する構成員資格の授与を明確に禁じている」との回答。.Daleはニュージャージー州裁判所にアメリカ連盟を告訴
-Dale vs BSA(州裁判所判決)-
ニュージャージー州最高裁判所は Daleが勝訴。ボーイスカウトがその構成員の道徳心の向上を促すことを信条としていることは認めた。ボーイスカウトが同性愛が反道徳的であるという立場を保持することを信条としているとは認められない。
 Daleが構成員であってもボーイスカウトの表現的結社の自由は侵されないとした。この裁判については、2000年6月28日に米国最高裁はニュージャージー州最高裁判所の判決を破棄差し戻しとした。(詳細は後述)
-連邦裁判所判決の判断-
本判決は、5対4の僅差で意見が分かれたが、多数意見は次のとおり。
表現的結社の自由
ボーイスカウトが表現的結社かDaleの登録を強要することが、表現的結社の自由に対する重大な制約となるか
・公共的施設法に基づき表現的結社の自由を制約することの許容性
(1)表現的結社の自由
 本裁判は、ある団体にとって望ましくない構成員の受け入れを、法令によって当該団体に強要すること
政府がその団体の権利(表現的結社の自由)を侵す形態の一つ。本件ではアメリカ連盟はこの権利を侵されていると解する。
(2)ボーイスカウトが表現的結社か
 ボーイスカウトは、成年構成員が未成年構成員に対してその価値観を広めていくことにより、その立場を表明している。すなわち、表現的結社であることが明らかである。また、「ちかい」と「おきて」によれば、ボーイスカウトが未成年者に価値観を広めることを使命としていることは明らかである。ボーイスカウトの隊長や副長は、キャンプなどの活動を通じて、言葉や行動を持ってその価値観を教えている。
(3)Daleの登録を強要することが表現的結社の自由に対する重大な制約となるか
 1978年のアメリカ連盟総長等による宣言「 BSは私的な会員組織。そのリーダーになることは、名誉ではあっても保障された権利ではない。我々は同性愛者がリーダーになることを適切でないと考える」。明確に同性愛者のリーダーを否定。Daleは自ら同性愛者であることを認めている。Daleをリーダーとして認めることは、ボーイスカウトが同性愛行為を正当なものであると認めたというメッセージを未成年構成員および一般社会の双方に対して送ること。 これはアメリカ連盟に対し重大な制約となる。
(4)公共的施設法に基づき表現的結社の自由を制約することの許容性
 ニュージャージー州法では、性的指向(同性愛者であるかどうか)によって公共施設で差別することを禁じている。
 州最高裁判所ではボーイスカウトは公共施設=同法の適用対象であるとし、同法の適用は合衆国憲法上の表現のための結社の権利の侵害には当たらないと判断。
しかし、合衆国最高裁は、厳格な基準を適用すべきであるとし、結社の自由の侵害に当たると判断した。
アメリカ連盟の判例から(黒澤)
 本判決は、「平等と自由との相克」という古くからの問題を「同性愛」という比較的新しい切り口から扱ったものとして、国内でも研究論文がある。アメリカにおけるこれらの判例により、日本のボーイスカウトでも今後いくつかの点について対応を検討しておかなければならない。「女性」に関しては日本連盟では既に制度化問題なし。ゲイについては上記の通り。信教の自由に関するものをまず解説
公・私教育とボーイスカウト
・ボーイスカウトの場合は公教育ではない
・ボーイスカウトの教育環境と似た事例として、私立学校の宗教教育。私立学校は「信教の自由」に基づき「特別の宗教教育」を行うことが可。 特別の宗教教育の時間を設けて生徒に受講させることができる。信仰を理由に受講を拒否する生徒についてまで受講を強制することはできない?
 ボーイスカウトの組織運営と信仰心
 宗教団体が育成団体となっているものがあり、その宗教に関連した行事を行うことがある。この場合はその宗教が母胎となっていることを明確にしておけば問題はない。自分の住む地域にその宗教団しかない・.入信しないままその宗派の行事に参加するのは信教の自由に反する可能性。地域の神社の氏子衆との共同イベントなど、地域活動の名目で(その地域の者にすると自然と)宗教活動が行われてしまう場合、信仰の自由を侵してしまっている可能性

W.少年院等矯正施設におけるスカウティングに関する記述
 矯正施設におけるスカウティングに関する記述が散見される。ボーイスカウト活動の青少年に対する教育「効果」を考慮した場合、矯正施設内での活動が「効果が高い」と判断?
 以下、日本、アメリカ、韓国に関する記述を紹介
 日本における記事.椿勇「矯正施設と地域社会(第2回)・美保学園におけるボーイスカウト活動について」刑政第103巻第6号38p(1992)
 ・桑江泰幸「実践レポート・沖縄少年院の短期処遇におけるボーイスカウト活動について」刑政第108巻第2号84p(1997)
 ・秋山高広「地域と深く結びついた奉仕活動―美保学園のボーイスカウト・シニア隊」青少年問題第45巻第9号30-33p(1998)(入手不可)
 ・国内の矯正施設での活動
国内でボーイスカウトの活動を導入しているのは、美保学園(鳥取県)と沖縄少年院の2施設(椿38p)。美保学園においては、当初少年院生の加盟は認められず、少年院内での活動のみが認められるのみであったなど、導入の際にいくつかの障害があったことが記述されている。
 美保学園⇒スカウト活動導入のきっかけは、当時の管区長を始め、管区職員の方々の指導。椿( 38p)に、美保学園の隊登録(米子第9団ボーイ隊)の経緯に関する記述。昭和44年9月に初期登録申請、10月に結団式。広島少年院にも導入の予定があったが、連盟の反対もあり実現しなかったと記述。少年院生のスカウト加盟は初めてのケース、活動は認めるが、加盟登録しないと条件付き。このことから判断しても相手が非行少年であるということが大きな障害になったものと推察される

沖縄少年院
 昭和57年7月、沖縄少年院に短期処遇併設。設置に際して、沖縄の自然環境を活かした処遇の要請。院周辺の自然環境や立地条件を処遇に活用するには、野外活動を教場としているBS活動の導入がもっとも効果的であるとの結論に達した。地域で BS隊長をしていた職員がおり、その職員を中心に、 BS活動を特色とする短期処遇の発足に向けた諸準備に着手。沖縄県連盟は、矯正施設内での発団を快く内諾、発団の準備、院内での指導者講習会、研修所(三泊四日)への職員派遣など全面的な援助

アメリカにおける論文
Kathleen J Block「 Bringing scouting to prison :
Programs and challenges」 The Prison Journal第79巻第2号269-283p(1999)
1992年にメリーランド州女子矯正施設の「 GirlScout Beyond Bars Program(GSBB)」の報告
収監されている母親を持つ子供達に対して 地元ガールスカウトが伝統的なプログラム
母親のいる刑務所に連れて行きプライベートな時間を確保
子供達の人格や自信の確保、母親と別れて暮らすつらさを減少、母親との関係をよくする
韓国での状況に関する記事
立命館大学法学部ニューズレター第19号
徐勝「第1回日韓共同研究 −ソウル・シンポジウム外伝−」立命館大学法学部ニューズレター第19巻 4p(1999)及び松宮孝明「韓国天安少年矯導所および開放矯導所を見学して」立命館大学法学部ニューズレター第19巻 13p(1999)
韓国の天安少年矯導所(韓国の「刑務所」)の収容者全員がボーイスカウトに加入。この中から、国内・国外のジャンボリーに参加することもあるという。

矯正施設とスカウト活動
 日韓における事例は、いずれも東洋的な規律重視の刑務所内の処遇から来ているもの?
 松宮は「隊員の規律正しい行動やジャンボリーへの参加の話には、随分驚いた」と記述。「どうも規律正しい生活というのが苦手な筆者には、この点では、施設外にでる自由を奪うだけであとは外とできるだけ同じ暮らしをさせるドイツの少年刑務所のほうが性に合っていた。」ボーイスカウトの「規律正しさ」が刑務所内での活動に「活用」されていることが読みとれる。これは国内での事例でも同様であるようだ。

X.まとめ −日本のボーイスカウトにおける今後の課題−
BSA et al. v. DALE(米国邦最高裁判所2000年 6月 28日判決)における反対意見(5対4と僅差で少数意見)
 BSハンドブックやスカウトマスターハンドブックを詳細に検討し、同性愛者を排除するという方針が「明確ではなかった」ことを主張。アメリカにおける差別禁止法の適用も結社の表現活動に重大な負担を示すことではなく、憲法に反しないとしている。アメリカ連盟における規定や規則などを調べても書いていないことが、組織内の裁量のみによる「既定の事実」を認めてしまっていいのかという点が問題提起されているのだと理解できる。

<ルール作りと運営>
 これは日本でも、ボーイスカウト運動においては規則が明確でなく、各組織(日本連盟、県連盟、地区)の裁量で行われている行為が大変多い。 もちろん、その場その場で会議での合意はあるが、それが明文化され残されていない。後続の担当の判断基準が曖昧「ビーバー隊の野営制限」や「19歳以上のベンチャースカウト登録制限」など。今回の例では、美保学園での「登録しない」 。本来規則上認められているものが「いつの間にか」認められなくなってしまっている例

<多様な人間の参加に関する意識とルール >
 規則が全てであるとは思わない
 BS運動のように多様な人間が関与し、判断が分かれることの多い運動では、判断の根拠として、規則が重要
 英国でのPORの位置づけ(SFBとPOR) 「よりよいスカウティング」を進めるための組織運営に関しては、規則(=共通情報)の積み重ねの中で柔軟に対応できる組織のありかたを考えるべき時が来ているのかもしれない。ルールを考え「組織運営」の立場からのスカウティング研究がこれから必要なのではないか。
以上
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EverOnwardの会開催履歴

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 個人のブログですが、暫定的にEOの会が開催した過去の会の概要を。

posted by 日本富士スカウトクラブ広報 at 11:24| Comment(0) | TrackBack(0) | EverONwardの会

中村ちーやんを語る会

2008年8月30日午後、内幸町の日本記者クラブで富士スカウトクラブ主催の「EOの会」が開催されました。今回のスピーカーは早稲田ローバース創立に尽力された粕谷信夫さん。小学校の校長先生で退職され、現在は幼稚園の園長先生。粕谷さんの奥さまは、中村知(ご存知、ちーやんです)さんのお嬢さんです。

 中村知さんは戦前から日本ボーイスカウト運動発展に深くかかわり、大きな貢献をなさった事はご存知の通りです。スカウトソングの作詞作曲、数多くの翻訳とその思想の普及活動、そして「ちーやん夜話集」などで私たちはお世話になっていますし、今もなお読み返されています。

 当日回覧されたノートをご紹介します。大学ノートには原文と邦訳が書き込まれています。目がご不自由で、天眼鏡を手放せなかったとお聞きしました。中村さんのスカウティングへの情熱が感じられるノートです。

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 当日ご参加の皆さんの写真を。前列右から3人目が粕谷さん、その左が奥さまです。奥さまからもさまざまなエピソードのご紹介がありました。
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EverOnwardの会

Ever Onward −最善をつくせ、限りなき前進、で、目標・理念の峰を目指し自己研鑽(self-scouting)するの意

 日本富士スカウトクラブは、毎年二回、EverOnwardの会を開催しています。 日本富士スカウトクラブは旧規定の富士章取得者により構成されていますが、この会は章取得者以外にも広く門戸を開放し、ボーイスカウトに関する研究報告や歴史などからコレクション自慢などに至るまで、多種多彩な内容で開催されています。

 "電子化"された記録では、平成19年8月25日に開催された高畠潔さん(故人)による世界ジャンボリー参加報告会のご案内がありましたので、ご紹介します。高畠さんは慶応大学ローバー隊ご出身で、同団の団委員でした。実質的に、日本の富士スカウト第一号といわれる方です。

 これを初回として、この会以降開催されたEver Onwardの会を、このサイト上でご報告させて頂く予定です


三指 ますますご健勝にてご活躍、お慶び申し上げます。
さて、本年スカウト創始100周年の年にあたり、英国で記念の世界ジャンボリーが開催されます。
50年前に、スカウト創始50周年ということで、英国でジュピリー・ジャンボリーが開催され日本派遣隊スカウトが7名参加しました。今年の記念ジャンボリーに、その50年前に参加したスカウトの高畠潔氏(現・慶応ローバース団委員)が記念の集まりに参加されます。
今回の<EOの集い>には、その貴重な体験をされた、高畠氏のご報告を頂きます。
会場の都合で、ささやかな懇親の会になりますがご参加下さい。

 ・開催日時   平成19年8月25日(日曜日) 午後2時〜午後4時
 ・開催場所   千代田区内幸町2-2-1 日本プレスセンタービル9階
           日本記者クラブ小会議室
 ・会   費   1,000円
 ・予定人数   20名

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