2011年12月04日

日本富士スカウトクラブ会員証

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日本富士スカウトクラブ(略称FSCJ)会員証
posted by 日本富士スカウトクラブ広報 at 04:01| Comment(1) | 広報からのお知らせ
この記事へのコメント
日本富士スカウトクラブ(FUJI SCOUTS CLUB of JAPAN)の初代会長は村山有氏の意志をついで日連相談役の白橋龍夫氏が就任されました。その後、静岡の尾崎忠次様、神奈川の島中俊雄様にお願いしていました。
その後、次の会長は誰にと世話人で検討した結果戦後初めての海外派遣団の隊長をされた大石和夫氏にお願いしました。
大石氏は1953年の第3回米国ジャンボリ−の派遣隊長でした。13名の派遣団で団長は松平頼明氏、隊員には長野の犬飼康元氏もいました。

戦後のスカウト運動の再建後に優秀なスカウトを海外派遣にと米国エアーリフト、シーリフト計画が始りました。その選考の為に優秀スカウトを集め「名誉スカウト特別訓練」が行われました。その特別訓練参加者に「名誉スカウト章」を与えました。
その後不二スカウトという呼称になり、富士スカウトになって行きました。
このような富士スカウトの歴史を正しく伝える為にも名誉スカウト、不二スカウトの制度の最初から関わった大石氏に会長をお願いしました。
また、日本富士スカウトクラブ主催の[Ever Onward]の集い、略称「EO会」の会長も大石和夫氏にお願いしています。
Posted by 至道 at 2012年02月28日 14:45
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