2017年08月08日

平成29年6月24日、日本富士スカウトクラブ主催「Ever Onwardの集い」

 平成29年6月24日(土曜日)午後1時から、内幸町日本記者クラブ会議室において、恒例の日本富士スカウトクラブ主催「Ever Onwardの集い」が開催されました。この会は毎年2月と8月に開催されてますが、今回は6月の開催です。

 この会はその都度お客さまをお招きして、ボーイスカウト関係の話題をお話頂くのが中心でしたが、今回はこの会の世話人のお一人である日本記者クラブ会員村山至さんの、戦後ボーイスカウト運動に付いてのお話が中心となりました。

 村山さんのお父上は初代東京連盟理事長であった村山有さんであり、戦後のボーイスカウト運動再建に中心的な役割を果たした方です。村山有さんなくして再建はならなかったであろうと、そう痛感しています。米国生まれの二世で、戦後すぐに運動再建に立ち上がり、占領軍司令部(GHQ)へ働きかけて再建を果たしました。しかし、そのご功績は意図的に伏せられて、連盟史上で見かけることはほとんどありません。わずか4年で運動の道筋をつけ、そして連盟相談役へと祭り上げられて表舞台から去りました。遠い時代のお話ですが、現在、日本連盟総長室には歴代総長のお写真と共に、数年前から村山有さんも掲げられているとお聞きしました。

 それはともかくとして、村山至さんのお話は、オールドスカウトクラブ創設や、戦後の一時期、日本大学でボーイスカウト講習会が開催されたとのお話から始まりました。お話は多岐にわたり、とりあえずオールドスカウトクラブに付いてのお話で配布されたレジュメからご紹介します。作成次第、残る興味深い内容のお話もご紹介する予定です。
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posted by 日本富士スカウトクラブ広報 at 17:51| Comment(1) | TrackBack(0) | EverONwardの会
この記事へのコメント
今回のEO会は定例の2月の集まりが諸般の事情で中止になり、今年の顔合わせをしたいという声が出て急遽講師なしで会員だけでの開催になりました。
突然の案内でしたが予想以上の出席でした。今回の出席者16名を紹介をします(敬称略)。集合写真前列左から藤田忠昭(FSCJ会員、OSC会員、1953年米国ジャンボリー派遣)、粕谷信夫(早稲田ローバースOB、中村知氏(通称:ちーやん)娘婿)、矢島巖(神奈川連盟参与、ビスタワールド主幹)、大石和夫(FSCJ会長、OSC会長代行、1953年米国ジャンボリー派遣団隊長、スカウトライオンズ幹事長、EO会会長)、大石喜久代(会長夫人)、石田文夫(成城スカウトクラブ、1955年第8回世界ジャンボリー派遣(カナダ)、元日本連盟常務理事、山口陽(早稲田ローバースOB、山口勝治氏ご子息)、後列左から村山至(FSCJ会員)、宮戸秀昭(FSCJ世話人、慶應ローバースOB)、幸田雅夫(FSCJ世話人代表、早稲田ローバーススOB、OSC会員)、横田武憲(EO会スタッフ、東京大都心地区)、柳茂久(立正ローバースOB、JAIYSS、日本連盟)、五十野和男(早稲田ローバースOB、1959年第10回世界ジャンボリー派遣、OSC会員)、高橋勝興(府中スカウトクラブ、OSC会員)、杉村直(京大ローバースOB、1959年第10回世界ジャンボリー派遣、OSC会員)、坂本正志(早稲田ローバースOB、鎌倉8団)、常連の鈴木高(慶応ローバースOB、1955年第8回世界ジャンボリー派遣)、鴨志田敬(宇都宮1団、1959年第10回世界ジャンボリー派遣団関東副長、OSC会員)は急な案内でしたので今回は欠席でした
Posted by 至道 at 2017年10月18日 12:07
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