2016年04月20日

「ボーイスカウトの行進」

NHKテレビでボーイスカウトが取り上げられました。
「昭和26年(1951年)
ボーイスカウトの行進
4/13はボーイスカウト日本連盟が発足した日にちなんだ「ボーイスカウトの日」。映像は昭和26年に行われた大会&行進の様子。眼光鋭いオジサンは日本ボーイスカウトの生みの親!」と説明されています。

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 昭和26年(1951年)、日本ボーイスカウトの生みの親・クラーレンス・グリフィン氏(イギリス)を迎えて行われた、日本ボーイスカウト東京都連盟の隊旗授与式。日の丸をかざした3000人の少年たちが皇居前広場に集まり、式後はブラスバンドを先頭に日比谷から銀座通り、八重洲口へと行進を行った折りのものです。この日本富士スカウトクラブのブログのTOPで簡略に記載していますが、この式典を開催した東京連盟の村山有初代理事長はクラブ創設の発案者。GHQ(占領軍)に掛け合い、戦後日本のボーイスカウト運動を再建させた功労者。ニュースの中で各隊代表者へ隊旗を授与しているのは、その村山理事長です。なお、この時代にテレビはなく、このニュースは全国の映画館で上映されたものと思われます。

 さらに別記録では、「昭和26年(1951年)11月3日、村山理事長は「東京都連盟百隊結成記念祝典」を皇居前広場で挙行。GHQからも多数の要人が出席した。新春の隊旗授与後の新隊にも「緑色隊旗」を授与する。夜は日比谷公園で大営火を行う」とあります。

 当日各隊に配布した東京都連盟の緑色隊旗は、日本連盟から「隊旗の色は原隊のネッカチーフの色を使用する規定であり、今後使用しないように」と通達が出されました。しかし東京都連盟は、「緑の隊旗は日米スカウトの「友情の印」として使用を続けます。日本連盟はこの隊旗の使用を認めず、日本連盟と東京連盟の"大喧嘩"に発展しました。このことは、当時の朝日新聞でも報じられています。
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posted by 日本富士スカウトクラブ広報 at 21:34| Comment(0) | TrackBack(0) | EverONwardの会
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