2015年09月21日

2015年8月 EverOnwardの会 開催のご報告

 2015年8月29日、恒例の[EVER. ONWARD]の集い /(略称EO会)が内幸町の日本記者クラブ会議室で開催されました。今回のテーマは「1955年ボーイスカウト第8回世界ジャンボリー(カナダ)に参加して60年」です。

 今年の夏は日本の山口県山口市きらら浜で第23回世界スカウトジャンボリーが開催されましたが、EO会会員の鈴木高様と石田文夫様が1955年(昭和30年)にカナダで開催された第8回世界ジャンボリーに日本派遣団員として厳しい選考の結果選ばれて派遣されています。派遣当時はまだ一般の海外渡航は許可されず日本から海外に出かける方は非常に少なく今では想像も出来ない苦労も沢山あった時代です。

 今回の「EO会」は鈴木様、石田様が派遣されて60周年目の節目に当たりますので、お二人から、第8回世界ジャンボリーのお話を中心に当時の貴重なお話を聞かせていただきました。

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【第8回世界ジャンボリー参加章】

 まずEO会の大石和夫会長のご挨拶に始まり、鈴木、石田両氏から資料が配られ、資料に沿って第8回世界ジャンボリーのお話を聞かせていただきました。派遣団は久留島秀三郎団長以下リーダー3名、スカウト10名の派遣団でしたが、渡航方法が今では考えられない方法で、先発隊・別隊・本隊の3つに別れての派遣団であったとの事です。

 7月20日に三笠宮様より派遣団国旗を賜り、先発隊は7月22日に名古屋港から「山里丸」で、別隊は8月1日東京芝浦港から「日向丸」で、そして本隊は、8月6日横浜港から「高花丸」で出航しました

 貨物船の為に荷積の関係で航路などはその都度代わり、到着地も確定しない渡航でした。先発隊は8月6日にカナダのバンクーバーに到着し、16日にはジャンボリー会場に入りました。別隊は20日にジャンボリー会場に到着。本隊は21日サンディゴに入港、そこから飛行機でジャンボリー会場に向かい、翌日の22日に会場に到着しました。

 ジャンボリーは8月22日から28日の期間でしたが、その後10月の初めまで各地の観光をしながら日系人の方々とパーティなどで親交を深めながら、帰路も3隊に別れて帰国しました。

 1隊は9月7日ポートランドより「高東丸」で出航して9月25日名古屋港到着、2隊は17日シアトルから「建川丸」で出航、10月2日横浜港到着。第3隊は20日「氷川丸」で出航、10月4日横浜に到着  しました。その後、11月6日に第8回世界ジャンボリー派遣団「解団式」を東京椿山荘で行っています。

 この様に3つに別れての派遣団は今では想像もつかない事ですが、当時は1ドル360円の時代であり、持ち出せる金額も500ドル位と制限されている時代でしたから、少しでも安い方法という事でこのように分かれたものとご説明がありました。貨物船では乗船可能な旅客数が少なく、別れて乗る事となったのでしょう。また当時はパスポートは無く、ジャンボリーに参加するという写真付き証明書のカードで出国入国のサインをしたそうです。

 EO会の第一部は貴重なお二人のお話でしたが、第二部は第23回世界スカウトジャンボリーにEO会出席者の14名の皆さんが奉仕や見学で参加しましたので、順に皆様のお話を伺いました。70歳台、80歳代の方々が全期間奉仕をされたりしていましたので話は尽きず予定時間を大幅に過ぎた会になりました。

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【ご出席の皆さん】

 ちなみに大石和夫会長はライオンズクラブのメンバーで、日本連盟などからの要請でライオンズクラブの皆さんへご協力を要請、賛助金の他に、全派遣隊へ炊飯用コンロとタープを提供して頂きました。ご承知の通り、ライオンズクラブとボーイスカウトは、その「根」は同じです。いわば兄弟とでもいえる団体ですが、ご支援に感謝したいと思います。ありがとうございました。
 写真は今回開催のジャンボリーで会場内に置かれたライオンズクラブのブースです。左から神奈川連盟矢島巖さん、大石和夫EO会長、富士スカウト・衆院議員・文科省政務官・山本ともひろさん、そして右端はが東京連盟高橋勝興さん

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 また、今回のジャンボリーのご感想をそれぞれお話頂いた折り、
「世界スカウトジャンボリーだから日本に来たのではなく、日本で開催される世界ジャンボリーだから来たのです」
とおっしゃる海外からの派遣隊の方が実に多数であったとか。とてもうれしい事です

posted by 日本富士スカウトクラブ広報 at 13:42| Comment(0) | TrackBack(0) | EverONwardの会