2013年09月12日

8月EO会「戦後日本ボーイスカウト最初の海外派遣60周年を記念して」 」

 8月31日(土)12時から、日本記者クラブ会議室で「戦後日本ボーイスカウト最初の海外派遣隊長大石和夫さんを囲む懇談会」が開催されました。

 昭和28年(1953年)6月26日から9月8日の75日間、第二期名誉スカウト訓練参加者から選抜された11名が、松平頼明派遣団長、大石和夫隊長引率のもと渡米し、第三回全米ジャンボリーに参加しています。閉会後は全米をまわり、各地で大歓迎をうけました。今回はその60周年を記念して、大石隊長の思い出などをお聞きしました。
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        【左から二人目が大石さん】
 会は、当時の派遣団スカウトであった藤田忠昭さん(横浜)も出席して、阪下朝一さん(足立第1団)の音頭で乾杯から。いよいよ大石さんのお話が始まります。10日間をかけて日光丸で渡米(帰国は氷川丸)、サイトではバークレイの隊と一緒でした。日本からの派遣団ということで来客や見物人が殺到し、ご迷惑をかけてしまい申し訳がなかったとのこと。「日米親善櫻樹贈呈」プロジェクトの説明のためにソルトレイク地区理事がサイトに陣取り、それもにぎやかになった原因のひとつ。戦時中、日本からの移民が収容所へと追われた歴史がありますが、他地域と異なり、ソルトレイク市民はとてもよくお世話をして下さいました。そのお礼としてソルトレイク市の公園に桜の木を贈呈しようと、東京のスカウト達が募金活動で桜の苗木を購入し現地へ送ったのですが、その到着直前に検疫法が改正されて焼却処分となりました。その輸送費を村山有東京連盟理事長が支払わざるを得なくなり、家を処分する事を聞いて全米で募金活動が始まるという事がありました。結局、事情を知ったパンナム(当時)が請求を取り下げて落着したのですが、募金はテントなどにかわって日本へ贈られました。その経緯を説明するために、ソルトレイク地区から見えたようです。なお、現在ソルトレイク市にある桜は、ワシントンから贈られたものです。

 さて、ジャンボリーでの派遣団の出し物は、盆踊りと獅子舞。特に獅子舞は、本職の方に一週間の特訓を受けたとか(ジャンボリー終了後に西海岸の各都市をまわりましたが、どこでも「勝手に」獅子舞のプログラムを作り、しかし、とても好評を博したようです)。他におおウケしたのが七輪。カマドが持ち歩けて危険は少ないために、安全性が高いと評価されたのでしょうか。

 他に特筆すべきは「ファーストキスはドリス・ディ」。彼女は米国の歌手・俳優で、センチメンタル・ジャーニーやケ・セラ・セラの曲でもその名を知られていますが、日本派遣団へ全米の映画スター100数十名のサインがあるボードをプレゼントするために、彼女が直接来訪しました。通常はスカウト代表が受け取るべきところ、大石隊長がスカウトを押しのけて頂戴したのではと邪推していますが、大石隊長、当時まさに22歳。我が国のライオンズクラブ重鎮として23WSJ支援募金でお世話になっていますので、皆さんはため息まじりで取りあえずは許す事に。ただそのボードは、各地訪問の際、どこかで盗難にあったとお聞きしました。「なんでも鑑定団」を思い出しながら、残念な思いを。

 そのようなお話が続き、2時間はあっという間に過ぎ去りました。いつもながらEO会は、興味深く楽しいお話が飛び出します。ありがとうございました。

【追記】
・この日ご出席のほかの皆さんも、世界ジャンボリーへ派遣されています。全米大会の二年後に開催された、カナダでの1955年第8回世界ジャンボリーには鈴木高さん(大田第13団)・石田文夫さん(元日連常務理事)が参加しました。




     
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       【記念品贈呈】
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posted by 日本富士スカウトクラブ広報 at 10:11| Comment(0) | TrackBack(0) | EverONwardの会