2020年12月28日

日本富士スカウトクラブEVER ONWARDの集い

 日本富士スカウトクラブEVER ONWARD〕の集い(略称EO会)は、毎年夏と冬の二回、ボーイスカウト運動にご貢献のあった方々をお招きして、とても興味深いお話の数々をお話頂きました。しかし、2月開催予定の山口英一さんのご講演が新型コロナで延期となり、さらにはEO会会長である大石和夫さんが執筆した「語部 そして伝承 村山有先生 没後50年に想う」も出版された時期である事から、新型コロナの流行がやや下火になった10月31日、会場を大会議室、テーブルを二人掛け、検温、消毒液で定員15人で開する事となりました。

EVER ONWARDの集い(略称EO会)

日時 2020年10月31日(土曜日)午後1時〜3時
会場 日本記者クラブ 大会議室
次第 開会の辞 午後1:00 大石和夫EO会会長 
        午後1:15 山口英一さん(東京連盟相談役)
        午後1:30 懇談(大石会長のご本の紹介や、会員近況)
   閉 会 3:00

出席(敬称略)今回はコロナ禍のため密を避けて先着15名に限定
大石 和夫 FSCJ会長、OSC副会長、1953年米国ジャンボリー派遣団隊長
山口 英一 東京連盟相談役、東京スカウトクラブ会長、OSC会員
鈴木 高  FSCJ会員、慶應ローバースOB、第8回世界ジャンボリー派遣
矢島 巖  神奈川連盟参与、ビスタワールド主幹
山口 陽  早稲田ローバースOB
粕谷 信夫 早稲田ローバースOB
橋 勝興 府中スカウトクラブ会員、OSC会員
杉村 直  京大ローバースOB、第10回世界ジャンボリー派遣、OSC会員
五十野和男 早稲田ローバースOB、第10回世界ジャンボリー派遣、OSC会員
坂本 正志 早稲田ローバースOB、FSCJブログマスター、JJ1NCR
柳  茂久 立正ローバースOB、JA1YSS事務局長
福嶋 正己 日本連盟理事、日本連盟コミッショナー
西山 繁夫 埼玉県連盟副理事長
宮戸 秀昭 FSCJ世話人、慶應ローバースOB
村山 至  FSCJ会員

※EO会の参加者については内規として『名誉スカウト、不二スカウト、エアーリフト・シーリフト計画派遣者、旧規定の富士スカウト、過去の講師、それらに準じた方で世話人会で認めた者』を基準にしています。

 EVER ONWARDの集い = 「最善を尽くせ!」「限りなき前進!」を目標として(略称/EO会)理想の峰を目指し自己研鑽(Self-Scouting)する。

配付資料、回覧資料
@「語部、そして伝承」大石和夫著
A 前回EO会(令和2年2月29日)配付予定資料
 (日本連盟:新型コロナウイルス感染への対応について(緊急)2/21付)
B 婦人公論 平成5年(1993)3月号「殿下、山道は険しかったですか?」
C 産経新聞 令和元年(2019)5月4日 3面 象徴時代へ 継続のかたち
D 山口英一氏 1950年 推薦・紹介状日本連盟国際コミッショナー・古田誠一郎
E THE MAFEKING MAIL 創刊号1899年11月1日、
  最終号(152)1900年3月31日
F 靖国神社 1940年・在米日系人兵役義務者会 手水舎奉献 記録
G 平洋市民 ボーイスカウト物語 村山 有
  ❍ 昭和40年6月創刊号 
   天皇陛下とボーイスカウト(ベーデン・ポーエルとの会見)
   昭和41年1月新春号
   ベーデン・ポーエル卿の日本訪問印象について
  (ベーデン・ポーエル 1912年来日時おびんづるさまを描く・クリスマスカ
   ード)
   昭和41年5月春季号
   ボーイスカウト運動の父 日本を最初に登録した人 下田豊松氏の功績
H 下田豊松 日本健児団綱領宣誓 大正11年北海道少年団奉迎ジャンボリー参      加証


《 記録 》

◎ 大石会長のご挨拶 【大意 コロナ禍の最中お集まりいただきありがとうございます、本日は、昨年9月6日に開催の「語部、そして伝承」が本になりましたので皆様に差し上げるため と 今年2月29日のEO会で山口先生の講演がコロナ禍で延期になっておりましたのを本日お話をしていただくのとあわせ本日開催といたしました、】 

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◎ 山口 英一さんの「私のスカウティング」と題して、ご自分のスカウト時代のこと、今回は1988年(昭和63年)の2NVで当時の皇太子殿下(現在の天皇陛下)をご案内して富士登山をされたときのことを主に、皇太子殿下に関するお話を拝聴する、講演は続くが予定時間となる。【注、富士登山時のことは、平成5年(1993年)「婦人公論・3月号」に「殿下、山道は険しかったですか?」と題して掲載されている】

― 休  憩 ―
                             
◎ 懇 談 (参加者近況報告等)
 出席者名簿順に、鈴木 高さんより順にお話いただく。(各人のお話は、割愛させていただきます)

《 評 価 》
 今回の臨時EO会は時宜を得た会であったと思う。

《 感 想 》
 久し振りに電車での外出でした、皆さんとは今年の2月から会ってなかったので懐かしく、又、日本記者クラブも懐かしく感じた(記録:高橋勝興)

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2020年09月17日

日本富士スカウトクラブ「Ever Onwardの集い」開催再延期



 新型コロナウイルス感染症の流行はとどまるところを知らず、依然として世界各地で猛威を振るっています。その影響を受けて「閉門蟄居」状態の生活が常態となり、今年2月に開催を予定していた「Ever Onwardの集い」も延期となりました。お話をお願いしていた山口英一さんとご相談の結果、この集まりは毎年2月と8月に開催するのが定例となっている関係から、8月に改めて開催となりました。

 しかしながら状況は好転せず、会場の日本記者クラブも会員の利用にも制限があった事から、止むを得ず、8月に予定した集まりも、再度の延期としました。ワクチンの開発も捗々しくはない様子で、寒い時期に再度の大流行の可能性がと知り、残念ですが現状では、おおよそでも開催時期は特定できない状態です。

【出席者への配布予定資料】

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【産経新聞記事】
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2020年04月19日

日本富士スカウトクラブ「Ever Onwardの集い」開催延期

 残念ですが、令和2年2月に開催を予定していた「Ever Onwardの集い」(略称EO会)は、新型コロナウイルスの大流行のため、延期となりました。

 記録としてここへ残す必要もあり、その開催案内と配布予定であった資料の一部を掲載させて頂きます。なお、開催案内は昨年末にお送りしたものです。

【開催案内】
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【配布予定資料】殿下、山道は険しかったですか?
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2019年11月07日

日本富士スカウトクラブ「Ever Onwardの集い」日本連盟名誉会議小町議長

 令和元年8月31日(土曜日)午後1時から、日本記者クラブ会議室を会場に、日本富士スカウトクラブ主催「Ever Onwardの集い」(略称EO会)が開催されました。

 今回のゲストスピーカーはボーイスカウト日本連盟理事で、名誉会議議長の小町國市さん。小町さんは元東京連盟の理事長をされていましたが、スカウトの経験も長く、スカウト切手・メモラビリアクラブや日本連盟アマチュア無線クラブなどにも参加されていて、スカウト切手の研究では日本を代表するコレクターとして著名です。

 今回は名誉会議議長としてのお話をはじめとして、切手のコレクターとしての貴重なお話を伺いました。国際関係分野でのご活躍が豊富とお聞きしていましたが、お話は多岐にわたりました。
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 アメリカのフロリダでシカゴ出身の世界切手協会のハリー・ドーソン・ジュニアと会い、彼のコレクションを拝見させていただきましたが、日本人では村山有さんに次いで2番目でしたとのお話は、村山有さんが富士スカウトクラブ創設に大きく関与した方ですから、とても興味をひかれました。

 次は昭和天皇へのシルバーウルフ章再交付のお話です。章を戦火で焼失した事を惜しむ昭和天皇へ、村山有さんや三島通陽総長などの働きかけで再交付されました。そのエピソードのご紹介。「昭和天皇語録」に掲載されているそうです。

 他にも様々なエピソードのご紹介がありましたが、もっとも力が入ったのは切手の消印コレクションでした。
 資料として2014年3月に小町さんがご出版の「韓国・日本(琉球)のスカウト郵票」スカウト切手と記念消印 / 90周年記念編纂 を配布して下さいました。その中にある消印について一つ一つに意味があり、「記念品が歴史を語っている。参加したという事実がそこに残っている。」というお話でした。

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 予定を大幅に過ぎた集まりになりましたが、とても充実したひと時でした。ありがとうございました。

 BDSCN1172.JPG【B集合写真
】 
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2019年05月02日

日本富士スカウトクラブ主催「Ever Onwardの集い」日本連盟福嶋コミ

平成31年3月30日(土曜日)午後1時から、日本記者クラブ会議室を会場に、日本富士スカウトクラブ主催「Ever Onwardの集い」(略称EO会)が開催されました。

 日本のボーイスカウト運動は1922年(大正11年)、総裁を後藤新平男爵、三島通陽副理事長として少年團日本連盟が創設され、2022年には創立100周年を迎えます。その間、元号は大正、昭和とかわり、そして5月からは令和となるこの節目に、ボーイスカウト日本連盟コミッショナーにご就任の福嶋正巳さんに、我が国ボーイスカウト運動の現況をお話頂きました。少年時代からボーイスカウト運動へ参加し、数多の研修所や実修所の所長としての奉仕歴もお持ちです。

 お話はスカウト運動に参加する青少年が減っている現状を踏まえ、様々な対応が必要となっている事から始まりました。昭和58年の33万人から考えると1/3となっている現状を考えると、これまでの概念にとらわれない制度設計の再検討が必要な時期であると考えていて、部門の変更、年齢の変更も検討をしているところだそうです。

 コミッショナーのお話は、「100周年に向けた加盟員の増加のために、様々な施策を考えていきたい。特に日本連盟100周年には18NSJが東京で行われる。折角の機会なので、期間中も含めて様々な企画を検討しているが、ボーイスカウト運動を発展させるために、これからも努力していきたい。」のお話で締め括られました。大変なお役目ですが、これからのご活躍にも期待したいところです。

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 写真中央が、今回お話を頂いた福嶋正巳日本連盟コミッショナーです。

  その右は山口陽さん。早稲田ローバースOBです。お父上の山口勝治さんは戦後ボーイスカウト運動に貢献された日本連盟先達ですが、東京連盟副連盟長の他、日本連盟コミッショナーとしてもご活躍でした。



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2019年04月20日

第18回オリンピック記念品

 平成29年8月26日、「Ever Onwardの集い」では昭和39年(1964年)10月10日から24日開催の、第18回(東京)オリンピックで、ジェット機(F-86)で青空に五輪を描いた航空自衛隊ブルーインパルスのパイロットであった藤縄忠さんをお招きして、興味深いお話の数々をお聞きする事が出来ました。

 勿論スカウト達も、各会場で参加国国旗の掲揚・降納などのお手伝いをしています。現在では名称が変更されていますが、少年隊(ボーイスカウト)や年長隊(ベンチャースカウト)、そして青年隊(ローバースカウト)達が早朝から競技場などへ集合、午前8時にNHKラジオのファンファーレにあわせて93の国や地域の国旗掲揚を行いました。

 ボーイスカウトは国旗の扱いに慣れているとはいえ、万全を期して年長隊を中心に、自衛隊宿舎をお借りしての二泊三日の合宿も開催されました。スカウト達の年代は「団塊の世代」が中心で、現在では60歳台後半から70歳台でしょうか。旗手は正副2名のスカウト一組で100組近く。長蛇の列でポールへ向かう、緊張した表情の彼らを、いまも覚えています。スカウト達は学校の遅刻公認で、夕方の降納もありますので大変であったと思いますが、とても良く頑張って、お役目を立派に果たしてくれました。

 スカウト達はネッカチーフが配られ、オリンピック終了後、全員に組織委員会からの感謝状と、岡本太郎さんのメダルが贈られています。

 スカウト数の減少が危惧されています。今回のオリンピックやパラリンピックでも私達の積極的なご支援が必要と、各組織や自治体からローカルに、お手伝いのご相談が届いているとお聞きしています。既に10万人台を割る私たちの組織ですが、人口密集地以外の地域の団のご支援も必要かも知れませんね。


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2019年01月07日

平成30年8月25日、日本富士スカウトクラブ主催「Ever Onwardの集い」

平成30年8月25日(土曜日)午後1時から、日本記者クラブ会議室で日本富士スカウトクラブ主催「Ever Onwardの集い」が開催されました。

 この春、移転前の東京・文京区の日本連盟スカウト会館のスカウトミュージアム見学会を開催しましたが、その席上、「日本の少年団運動 資料に見る黎明期のスカウティング」が4月20日に出版とのご報告が編著者の五十野和夫さんよりありました。

 今回の集いは、この完成した「日本の少年団運動」の詳細のご紹介に始まり、資料蒐集の苦労話などをお聞きしようとの意図で開催されています。五十野さんはスカウト切手・メモラビリアクラブ所属で、ボーイスカウト切手や資料などの蒐集では著名な方のお一人です。
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 今回のその膨大なコレクションの一部を本の形で出版する事になった契機の一つは、収集活動の古書店巡りで、恐らく内田二郎さんのコレクションと思われる三島通陽元日本連盟総長のお手紙や葉書、弥栄ボーイスカウト結成時の資料、少年團日本連盟創立関連の文書を手に入れた事。これで三島元総長関連の資料も充実し、それが出版を促した様子です。

 さらに一番の「珍品」は、アメリカの著名コレクターから譲渡された第2回国際ジャンボリー(第3回ら世界ジャンボリーと呼ばれる)の参加章。この大会はデンマークで開催され、参加者は5000名と少ない大会でした。
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 参加章にはNo.が1〜5000まで印字されており、No,1はデンマーク王に、No.4999はLady B‐Pに、No.5000はB‐Pに渡され、B‐Pの参加章はイギリス連盟の本部に保管されています。

 この参加章は絹で作られていたために損傷が激しく、現存しているのは29枚しか分かっていません。五十野さんの入手した参加章はアメリカ・バルチモアの派遣隊員の物だそうです。日本からも三島元総長を始めとした方々が参加していますが、参加章は出てきていません。

 他にもボーア戦争の時に、B-Pの切手が戦場で発行されましたが、その時に使用された実逓便(実際使用された封筒)も希少価値が。面白いものは、千駄ヶ谷少年団結団式時の徳川家達、後藤新平の祝辞や二条暑基の祝電。ご本人曰く、「切りがない」とおっしゃるほどに、膨大な資料などが整理・保存されています。しかし、このような蒐集家によって一度散逸したものがまとめられて整理整頓されます。蒐集家の存在の意義を、あらためて感じています。
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2018年05月25日

平成30年3月24日、日本富士スカウトクラブ主催「Ever Onwardの集い」

 平成30年3月24日(土曜日)午後1時30分から、日本富士スカウトクラブ主催「Ever Onwardの集い」が開催されました。従来は日本記者クラブが会場でしたが、今回は東京・文京区の日本連盟スカウト会館内のスカウトミュージアムの一隅を拝借しての開催です。

 スカウト会館は移転の予定があり、それに伴い、規模の縮小が予定されている様子であることからこのスカウトミュージアムでの開催が決まりました。

 今回のスピーカーは、早稲田ローバース出身、日本スカウト切手・メモラビリアクラブ五十野和夫さん。ボーイスカウト関係者の中では、その名を知られたコレクタです。

 五十野さんのお話は、4月20日に発行予定の資料集「日本の少年団運動 資料に見る黎明期のスカウティング」の内容に沿って進められました。この集いの楽しさは、「あれはどうだったかな」と質問が出ると、ほぼ必ずそれをご存知の方がいらっしゃること。そこから話題はさらに拡がり、留まるところを知りません。時にはミュージアムのスタッフの方もお仲間入りして、とても掘り下げたお話の数々をお聞きすることができました。

 なお、五十野さんの「日本の少年団運動」は限定500部の発行で、頒価2,500円。5月26日から開催の日本連盟全国大会で開催される「スカウティングエキスポ2018」会場でも販売ブースがあります

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2017年12月15日

平成29年8月26日開催Ever Onwardの集いご報告

 ご報告が遅くなりましたが、平成29年8月26日(土曜日)午後1時から、日本記者クラブ会議室において、日本富士スカウトクラブ主催「Ever Onwardの集い」が開催されました。

 今までのこの会は、ボーイスカウト関係の方々からの貴重なご経験などをお聞きすることが多かったのですが、今回は、1964年開催の東京オリンピックで、ジェット機(F-86)で五輪をお作りになった、航空自衛隊ブルーインパルスの藤縄忠さんをお招きしました。

 大石会長のご挨拶に続き、藤縄さんのスピーチが始まりました。
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 この準備が開始されたのは開催の1年半ほど前からで、依頼は「貴賓席からもっとも綺麗に五つの輪が見えるように」。高度は赤坂上空3,000m、時速4600kmとして計画が作られてパイロット6名(お一人はピンチヒッター)が選抜されました。

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 今であればコンピュータで計算もできるでしょうが、高機能なレーダもなかった事もあり、すべてカン。相当なご苦労があったようです。訓練では一度も成功せず、開会式前日を迎えました。その日は大雨で、こりゃ飛べないと、居酒屋をハシゴで午前さまとお聞きしました。翌朝目を覚ますと好天で、皆さん急ぎ基地に向かったようです。

 江の島上空で待機、予定の時刻に競技場へ向かいます。一つの輪の大きさは6,000フィートで、上段3つと下段2つの輪の間隔は1,000フィート。訓練では失敗続きだったが、本番では成功したと藤縄さんはおっしゃいましたが、見事な五輪が会場から遠望できました。本番に強い、パイロットの皆さんであったようですね。
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 私たちにとりましては未知の分野のお話であり、とても興味深い内容でした。ありがとうございました。2020年の東京オリンピック開会式では、まだ実施は確定していないようです。


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2017年12月13日

アクセスカウンタの不具合


12月13日、アクセスカウンタが、99,999から00000へとなりました。

リセットされたのか、桁数が増えたために10万台表示が隠れてしまったのか、現在その原因を調査中です。



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